なぜ経済発展はヨーロッパで始まり、他の地域で始まらなかったのか

ヨーロッパの奇跡―環境・経済・地政の比較史

ヨーロッパの奇跡―環境・経済・地政の比較史

なぜ近代化(経済発展)はヨーロッパで始まり、他の地域で始まらなかったのか。

これは、マックス・ウェーバーをはじめとして、多くの社会科学者が取り組んできた問いであり、その中でさまざまな優れた研究成果が生まれてきた。

ただ、私は、この問いの立て方にはなにか違和感があった。

ある反復されない現象X(この場合、近代化)が、地域Aで起きて、地域Bで起きなかったとする。このとき、AにはあってBにはないものの中に、Xが生起するための原因・条件が存在する。

こう考えるとたしかに論理的には正しいのだが、違和感は(1)時系列を無視した議論、(2)地域Aの現象と地域Bの現象が独立であるという仮定、の二つにある。

(1)たしかにある時点で、ヨーロッパは他の地域とは決定的に違う経済発展を遂げたわけであるが(その後、他地域にも波及)、べつにずっと勝ちっぱなしだったわけではない。古代から、社会生活の各領域において、抜いたり抜かれたりのレースを繰り返していたわけである。

その中で、ヨーロッパが勝ち始めた時点(いわゆる近代化の出発点)にのみ注目して、その時点に見られる何らかの要素から今の社会のありようが生まれたかのように語るのは、全体の流れを見失うことにならないか。

ただ単に、17世紀以降ヨーロッパは他地域との戦争に負けていないという理由だけで、現在から逆算していってそこを近代化の起点にしてしまっているのではないか(ホイッグ史観)。

(2)ある反復されない現象XがAで起きたからといって、Xが起きるための条件のすべてが、Aで整備されたとは限らない。ある時点までBで進展していて、それがAにも伝播して、そのあとBの側では停滞した結果、AでXが起きた可能性もある。

荒唐無稽な例で言えば、近代化がなぜヨーロッパで起きたのかと問うことは、他国の自動車の歴史を全て「トヨタ車の開発に至らなかった失敗例」として理解した上で、なぜトヨタ車は日本で開発されたのか、という視点から自動車の全歴史を語るようなものではないか、と思っていた。

というわけで、「プロテスタンティズムの倫理が資本主義を産み出した」的な命題*1には懐疑的であったのだが、『ヨーロッパの奇跡』は、まさにこの種の命題を思わせる大胆な書名にもかかわらず、上述の二つの批判への目配りが行き届いている良い本だと思う。

このテーマで300頁以内に収まっているのも、読むのが面倒にならないという点で、非常に良い。

本書の主張は、産業革命以前の中世の中頃には、ヨーロッパの経済成長はゆっくりと始まっていたということである。災害・飢饉・疫病に対する行政措置の強力さや、専横的でない政治システム(国家の並立)といった点で中世のヨーロッパは優れていて、人口増の伴わない、あるいはそれを上回る生産力の上昇という形の成長はすでに始まっていた。そして、それが帝国による軍事的支配によって崩壊・停滞することもなかった。

「ヨーロッパは遅くとも15世紀には、軍事以外のほとんどすべての領域で[中東に対して]優っていた」(15)。「厳密に経済成長という点からいえば、ヨーロッパは古く西暦1000年から徐々に上向き始めていた」(15)*2

「社会構造も経済構造も変えることなく、海外の資源という恵みを消費してしまうことは、いともたやすいことである。鄭和の遠征は、明の中国を変えはしなかった・・・ヴァイキングさえ北大西洋を渡って航海をしたが、初期のヨーロッパに変化をもたらすことはなかった。変化に柔軟に反応する商業が、中世のヨーロッパにはすでに存在していた。地理上の発見を経済成長に結び付けたのは、実はこうした商業の拡大だったのである。」(22)

産業革命にばかり注目するのは「イギリス中心主義」(11)であって、それを差し引くと、中世の比較的早いうちから、ヨーロッパの成長は始まっていた。

技術の伝播という点で言えば、イスラム世界もオスマン帝国が成立する頃まではしっかり遺産を継承していた。しかし、軍事的支配による帝国のもとでは、他所での技術革新はほとんど導入されなかった(192)。この帝国は軍事的に勝って戦利品を獲ることに依存しすぎていた。

このへんは、日本の戦国時代における武田家(ずっと本国の外で戦争しっぱなし)とやや似ているような。軍事力で富を奪いとる時代から、富が軍事力を産むようになる時代への変化に置いて行かれた、軍事先行型の国家。あまり類似性を強調しすぎるのも良くないが。
http://d.hatena.ne.jp/y_ttis/20070227/1172554617

なんとなくまとめると、

  • 中世の中頃から経済はヨーロッパのほうが良かった。軍事では勝てていなかっただけ。しかしやがて、軍事的に勝てば勝つほどもっと強くなる時代から、経済の強い国が軍事的にも強い時代へ
  • 中国やインド、トルコあたりは14〜18世紀頃、軍事的帝国として支配したり支配されたりして、排外的に技術移入しないでいるうちに、経済面でヨーロッパに置いて行かれた
  • ヨーロッパでは国家が並立し(諸国家併存体制)、その間で商業や情報のやりとりが盛んだったことや、万物(特に基盤的な資本)を破壊する災害・外敵が減ったことが経済発展につながった

*1:短絡的に理解されたマックス・ウェーバーの主張。

*2:これら2つは他の著者の見解を要約している箇所だけど、ジョーンズ自身の主張を端的に表現していると思われる。