トウガラシ三題(インドカレー、タバスコ、痴漢撃退)
アマール・ナージ『トウガラシの文化誌』1997年, 晶文社.
- 作者: アマールナージ,Amal Naj,林真理,山本紀夫,奥田祐子
- 出版社/メーカー: 晶文社
- 発売日: 1997/12
- メディア: 単行本
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一般向けの科学本や食べもの本が好きな人にオススメ。
トウガラシには実はビタミンCが多く含まれており、ビタミンC(アスコルビン酸)研究でノーベル賞をとったジェルジ博士が、初めてビタミンCの大量分離に成功したのは果物ではなくトウガラシだった、という話とか。
トウガラシの辛さはカプサイシンの量によって決まり、カプサイシンは蛍光性を持っているので、辛さを定量するときは、光をあててどれだけ光るかで測る、という話とか。
トウガラシなどの刺激物を食べると味覚が鈍るという説があるが、実験したところ、感覚の許容幅が広がるだけで長期的に鈍ることはなかった、という話とか(トウガラシ好きな人の言い分・研究成果なので偏りがあるかもしれない)。
現在のトウガラシ消費量はインドが多いけど、トウガラシの原産地は南アメリカのボリビア近辺。それが、大航海時代の冒険者たちに運ばれて、世界中に出回るようになったと考えられている。
韓国のキムチとか、タイのトムヤンクンとかはけっこう伝統のある料理に見えるけど、実際は15世紀以降に成立したものなんだよね。なんと、インドカレーも。
それにしては、アジアとトウガラシはなんか随分イメージのなかで結びついているよなあ。昔のヨーロッパ人も同じで、コロンブスがたどり着いたのが「西インド諸島」であるという誤解が解けた後でも、いったん自分たちがインドに持ち込んだトウガラシを、今度はそこが原産地だと誤解し続けていたらしい。なんとも間の抜けた話であるが(あるいは、当時のヨーロッパ人にとってはアジアもアメリカも似たようなものだったのかも)。
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トウガラシというと、辛くて赤いのがすぐに思い浮かぶが、じつはけっこうバリエーションがある。
まず、ピーマンはトウガラシの一種である。トウガラシには辛いものと辛くないものがあって、ピーマンは辛くないほうの代表。ただ、辛くないほうは、トウガラシとしてはあまりメジャーじゃない。
辛いほうのトウガラシは、世界中で数百もの名前を与えられている。「タバスコ」とか「パプリカ」とか「ハラペーニョ」は、とくに有名。ただ、それらは互いに交配可能だし、味も形も容易に変異するので、あくまで慣用名であって、種が違ってるわけじゃない。
トウガラシは辛くて赤くて形のいいものを求めて、人為的に近親交配が繰り返されたため、今では遺伝的多様性に乏しく、ウイルスに対してきわめて弱い。とくにタバスコ用のトウガラシ。
タバスコは今では「タバスコ・ソース」として有名だけど、もともとはメキシコの地名である。
そして、その地域あたりに由来するトウガラシが、アメリカに入ってタバスコ・ペッパーと呼ばれるようになった。トウガラシはたいてい赤いけれど、そのなかでも赤が強いのが特徴。このトウガラシをもとに作られたのがタバスコ・ソースである。もともとはホワイトさんという人が作ったらしい。
タバスコ・ソースの原料は、塩とトウガラシと酢。これだけ。塩とトウガラシを樽につけて熟成させ、そこに酢をそそぎこんでできあがり。
今日、タバスコ・ソースは基本的にマキルヘニーという会社が作っている。というか、他の会社がトウガラシのペッパー・ソースを作っても、それに「タバスコ」と名前をつけることはできない。
もともと「タバスコ」はある種のトウガラシの通俗名であり、今でもそれは変わらないのだが、ソースの名前には付けられないということ。タバスコの名前の独占的使用をめぐっては、今世紀の前半に裁判合戦が行なわれ、その結果としてマキルヘニーが占有することが認められたらしい。
なんかトウガラシ名をソースにつけちゃいけない、というと変な話だけど、たぶん「六甲のおいしい水」とか「エビアン」でも同じじゃないかな。六甲やエビアンは地名だけど、ほかのメーカーがこれらの地名を使ったミネラルウォーターを売り出したら、おそらくマズいと思う。
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その昔、「タバスコを一度に一瓶飲むと死ぬ」というウワサを聞いたことがある。これもすごいよなあ。飲めるものなら飲んでみろ、という気もする。
でもちょっと調べてみると、タバスコの中で、たぶん最も毒性が強いのはカプサイシン。
カプサイシンは基本的に健康を促進するものだけど、だからこそあまりにも極端に取ると毒になる。その1kgあたり半数致死量は70mgくらいらしい。人間の体重は60kgだから、4200mgのカプサイシンをとると5割は死ぬことになる。ここで、タバスコ・ソース1ccの中には0.3mgのカプサイシンが含まれる。ふつうサイズのタバスコは1瓶で60cc。よって、これに含まれるカプサイシンは18mg。
うーん、これじゃまったく死ねないねえ。タバスコで死ぬためには、立て続けに200本以上飲まないとダメ。それができる奴なら、おそらく呼吸を止めて死ぬことだって可能な気がする。
というか、トウガラシはむしろきわめて死ににくい食物の一つなんだよね。
毒性学の分野では、現実的な危険性を測るために、作用量/致死量の比率をとることが多い。われわれが感知したり、薬効を得たりする量と致死量がどういう関係にあるか。両者の値が近い場合には、慎重に扱わないと危険だが(あるいは使わない)、作用量と致死量が離れている場合には、そこまで気を使う必要はない。
トウガラシの場合、ちょっと食べると激烈に作用するにもかかわらず、死に至る量はそれと比べてはるかに多い。そのため、きわめて安全と言える。
だからこそ、痴漢撃退スプレーで盛んに使われるんだよね。あれをシューッとかけられると、トウガラシ・パワーでたぶんエラいことになると思うけど(幸いにして経験はなし)、それ以上には身体に害はない。
トウガラシは最高ですな。