家電量販店の販売戦略 (2007.4.27 revised)
某先輩の記事に触発されて考えてみた。ちなみに先行文献とかは一切あたってません(某先輩のところの掲示板の議論はおおいに参考にしている)。何かあれば教えてください。
家電量販店の販売戦略にはいくつかの特徴がある。
- ポイント制: 現金で値引きするだけでなく、次回購入時に使えるポイントを導入している(同じ店でも、ポイントをつけたり現金値引きしたり、使い分けられることが多い)
- 値下げ確約コミットメント: 他店のチラシを持ってくれば、それと同じか、それ以下まで値下げすると宣言している
これらの戦略は何を意味するのか。少し考えてみよう。
家電量販店の顧客はおおまかに4つに分けられる。ラベルはてきとうです。
忙しい(情報を得て店舗回りをすることに伴う機会費用が高い) | ひま(機会費用が低い) | |
---|---|---|
最新機種を買う | セレブ(お金のある独身社会人、DINKS) | 家電マニア |
値引き機種を買う | 低関心者(子持ち家庭とか?) | 合理的消費者 |
では、ポイント制や値下げコミットメントは、それぞれ何を目的にしているのか。
まず、ポイント制について。現金値引きに比べて、ポイント制には次の特徴がある。
- ポイントを使って商品を買うとき、その分にはポイントがつかない。その結果、ポイントの比率が高まるほど、見かけの割引率と実際の割引率の差が大きくなる(http://www.st.rim.or.jp/~k-kazuma/TH/TH513.html)
- 出したポイントのうち、実際に有効期限内に消費されるのは一部にとどまる(8割くらいかな?)
- ポイントを消費するために、多少他店より高くても、その店舗を継続して利用する顧客が生じることが期待される
- これらの結果、現金だけの場合よりも、多くの金額を割り引くことができる
どういった条件で何割増しのポイントをつけられるかは、ミクロ経済学でモデルを作れば計算できそうだが、ここでは大まかな傾向だけ見ておこう。
何割増しのポイントをつけられるかは、上の4つの顧客類型によって変わってくる。機会費用が低い(ひまな)家電マニアや合理的消費者の場合、ポイントをつけても合理的・有効に消費される(他店が安ければ、そっちで買う)ので、割り増しするわけにはいかない。これに対し、忙しい人の場合には、漠然と同じ店に戻ってくる可能性が高いので、ポイントを大幅に割り増しできる。
だから、忙しい人の顧客割合が高い店ほど、ポイント戦略を積極的に取ることができると考えられる。具体的には、うーん、都会のほうが忙しいからポイント戦略が効果的? このへんはデータがないと何とも言えないか。少なくとも、ヨドバシができる前の秋葉原のように、多くの店舗が並列的に存在している場合には、簡単に店舗間比較ができてしまうから(機会費用が低いから)、ポイント戦略をとる意義は低いと思われる。
で、関東の大手(というか自分がよく使うところ)についてポイント制を導入した年を調べてみたところ、以下のように「都心型店=ポイント制に向いている」仮説が支持されそうな気配ではある。都心型のチェーンは、郊外型よりも10年以上早くポイント制を導入している。宣伝戦略や実際の還元率で見ても、都心型チェーンのほうがポイント制を重視している(たぶん)。
【郊外型】
- ヤマダ電機:2001年(http://www.yamada-denki.jp/company/outline.html)
- コジマ:2003年(http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0603/kojima.htm)
- ケーズデンキ:採用せず
【都心型】
- ビックカメラ:1992年(http://www.biccamera.co.jp/ir/profile.html)
- ヨドバシカメラ:1990年(http://www.president.co.jp/pre/19970900/02.html)
次に、値下げ確約コミットメントは何を意味するのか。まず、基本的に、このコミットメントは実は値下げ競争をストップさせる機能を果たしている。某先輩によると、
その種のチラシは「お前が値下げするならこちらはもっと値下げするぞ」という脅しのメッセージを競合店に伝える役割を果たします(つまりチラシの宛先は顧客ではなく実は競合店なのです)。すると競合店の方は値引きをしたとしても客をさらに集めることができないわけで値引きをするインセンティブを失います。かくして家電業界全体で見た場合に各商品の価格は一定に安定する、つまりこの戦略は価格カルテルと機能的に等価となっているのです。
下記のような、すてきなダイアローグもある(上記先輩とは別の人です)。ただ、正確には「他店と同じか、それよりも安く」だと思うので、こうはならないだろうけど。。。
http://d.hatena.ne.jp/takemita/20070204/p2
ただ、このコミットメントが有効に機能するのは、新しい機種の場合に限られると思う。値下げ機種の場合、展示・保管スペースや在庫状況によって店舗ごとの差が大きいため、同じように値下げするのが合理的とは限らないからだ。各店舗は他店舗を気にせずに大胆に値下げするし、よそが下げたからといって、必ずしも追従するわけではない。そのために、多くの値下げ確約コミットメントには、「他店で〜点限りとして売られているものは除く」といった注釈が付いているのではないか*1。
在庫品というのは、とにかく売れてほしいものである。家電製品の価格は時間が経つとどんどん下がる。仕入れ値はもう過去の話、埋没してしまった費用(sunk cost)なので、べつに原価割れとかは関係なく、安く売ってしまったほうがよい(もちろん、原価割れは過去の決断の失敗を意味するわけだが)。むしろ、需要のありかた、展示・倉庫スペース、新商品を入荷した場合の期待利益との関係で、価格が決まってくる*2。
値下げコミットメントは、最新機種をほしがる人(セレブ、家電マニア)を引きつけるためのよい武器になる(古い商品は店による有無や、台数限定、展示処分品などの事情が大きいため、コミットメントは必ずしも機能しない)。
最新機種をほしがる人は、店にとっては一番いいお客さんなので、よそが始めたら、うちも始めるしかない。これをしない店は、競争相手のない田舎の店か、展示・接客なしで特に安くするビジネスモデル、あるいは/かつ、特定の利益の上がりそうな商品や古くなりつつある商品をずばっと値下げして客を集めるビジネスモデルなのだと思う。
最新機種を買う人は、セレブにせよマニアにせよ品揃えを重視すると思うので(セレブは時間がないし、マニアは比較できないと意味がない)、値下げコミットメントに加わる店は最新機種をずらりと揃えた大型店ばかりのはずだ(たぶん)。
そして、こうした店の中で、忙しい層(セレブ)のお客さんを特に増やしたい場合は広告を打つし、それよりも販売費用を抑制する(他の客層=家電マニアなどから利益を上げる)ことに重点を置く場合には広告を打たない、ということになるのだろう。原則として、よりブランドイメージの高い店はますます広告を打ち、低い店はあまり広告を打たない、という方向に向かいやすい気がする。テレビの広告や折り込みチラシは、基本的にセレブ向け、最新機種をあまり店巡りをせずに買いたい人向けのものなのである。
だいたいこんな感じで、客層ごとに分けた戦略だと理解すればいいのではないかな。