男か女になるかを決めるのは父親の遺伝子である

表題は、2001年2月に科学技術政策研究所(文部科学省の管轄)が「科学技術に関する意識調査」(下記サイトを参照)をした際に、科学技術知識の理解度(リテラシー)を測るために出した設問の一つ。

上の文章は正しいか、間違っているか。

http://www.nistep.go.jp/achiev/abs/jpn/rep072j/rep072aj.html

一般市民のリテラシーを測るためのものなんだから、研究者志望の身としては、まあ正解して当然のような気がするんだけど、この設問はばっちり間違えちゃいました。

いきなり答えを見ずに自分で考えたい人のために(考えるような設問でもないが)、ちょっと関係ない話を書いてから正解に行こう。

このときの設問の中には、他にどんなのがあるか。

政府系の機関が科学技術と言うときには、だいたい原発がらみの話が入ってくるのだが、やっぱりここにも入ってきていて、「すべての放射能は人工的に作られたものである」「放射能に汚染された牛乳は沸騰させれば安全だ」の二つ。

これはどっちも誤り。ウランとかは自然界にあるときから放射線を出してるし、放射線は細菌じゃないんだから、熱してもどうにもならない。

前者の設問だけだと原発推進イデオロギーがあまりにも強すぎるから、後者の設問も入れてバランスをとろうとしてる雰囲気だね。

で、ほんとにこれで大丈夫なのかという気がするのは、「宇宙は巨大な爆発によって始まった」という設問。

これはビッグバンの話をさしていて、当然のことながら正解扱いなのだが、さすがにやばくないですかねえ。

ビッグバン理論は広く受け入れられているみたいだから、これが後に全面修正される可能性は考慮に入れなくてよさそうだけど、「ビッグバン」というのは単なるメタファーなのだから、ビッグバン理論を採用したからといって、「宇宙は巨大な爆発によって始まった」という言い方はどうなのか。

よくは知らないけど、ビッグバン理論というのは、現在の宇宙は過去のある時点で、果てしなく高温・高密度の状態から急速に拡大して成立した、という理論。でも、それを現世の爆発現象に結びつけたのはしゃれた表現でしかないよねえ。ましてや巨大ってなんじゃらほい。だから、宇宙は巨大な爆発によって始まったと書くのは問題があるのではないか。

まあ、ビッグバンを知っている人は「正しい」と答えるだろうから、リテラシーをチェックする上では十分な設問と言えるかもしれないけど。

ちなみに、ビックバン理論の理論的対抗馬(これがなければただの形而上学である)は、定常宇宙論らしい。

で、「宇宙が膨張している」ことは基本的に両者が共有している前提で、対立軸は、宇宙が膨張しつつも時間的に不変なのか(そのためには密度を一定に保つために、つねに新しく物質が生成していなければならない)、元素が合成された宇宙の始まりの段階というのがあるのか、という点らしい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9A%E5%B8%B8%E5%AE%87%E5%AE%99%E8%AB%96

うーん、宇宙論は数学的/定量的議論を伴わないと、浮き石だらけの言葉遊びになるなあ。くわばらくわばら。

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話を戻そう。「男か女になるかを決めるのは父親の遺伝子である」か、否か。

正解は○です。男か女になるかを決めるのは父親の遺伝子である。

なぜかといえば、学校の生物の授業で習ったように、男と女を決めるのは性染色体であり、これがXYだと男で、XXだと女である。性染色体異常も考慮に入れて、より厳密にいえば、Yが入っていれば男で、入っていなければ女。

で、性染色体は両親から一本ずつもらうから、男になるのは、父親からYの染色体をもらった場合であり、だから男か女になるかを決めるのは父親由来の染色体と言える。

ここで遺伝情報は、性染色体を含めた染色体が内蔵しているものだから(下記サイト参照)、染色体によって決まることを「遺伝子によって決まる」と書いても、まあ問題ない。よって、上の記述は正しい、となる。

http://www.aist.go.jp/aist_j/dream_lab/mame/01.html

ちなみに、染色体に遺伝情報が入っていることを示したのはモルガンたち。ショウジョウバエを使って遺伝的な特徴の遺伝と性比の関係を分析し、性染色体が遺伝情報を運んでいると考えると計算が合うことを示した。

以上がこの問題がらみの事実関係なのだが、正直この設問を見たとき、性染色体なんて話は全然思い出せなかった。それで、「父親の遺伝子によって子供の性別が決まる」というのを、父親の遺伝子には幾つかのバリエーションがあって、それらのバリエーションによって子供の性別が決まる、というトンデモ主張だと思い、×にしてしまった。

実際のところ、子供の性別は父親の遺伝情報によって決まるというよりは、どういう精子が受精するかによって決まるのだから、この設問はせめて「父親の遺伝子」ではなく、「父親のどの精子が受精するかで決まる」にしてほしかったと思うけど、残念ながら負け犬の遠吠えかもしれない。

でも、この分野の専門家は「遺伝子」「DNA」「遺伝」「遺伝学的」みたいなのの区別にこだわってる気がするので*1、あいまいなのはやっぱり良くないと思うんだけどなあ。

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子供の性別決定についてもう少し書いておくか。ちょっと学術的に信用できるサイトが見つからなかったので、まゆつばの可能性もあって、あまり自信はないけど。

性別決定においては父親の精子が重要なのは上に書いたとおりだけど、具体的には、父親の精子のもともとの性質と、精子が泳ぐ母体内の環境の二つが重要。(だから、どっちを強調するかはその人の政治的姿勢による部分が大きい)

個々の精子は始めから、男になるべき精子と女になるべき精子に分かれている。そして両者は、酸性/アルカリ性への耐性や平均重量など、幾つかの点で異なる特徴を持っている。

人工受精の場合は、この性質を利用して片方の性別の精子を減らすことで、ある程度産み分けることが可能。慶応大が開発したけど、現在は産みわけ技術として認められていない「パーコール法」は、精子を重量によって分離することで、女の子が産まれる可能性を高めることができる。

他にも、人工受精の場合は、いろんな液体を使って産みわけできるし、受精した後で受精卵を調べればもっと話は早いから(これも認められていない)、技術的には100%の産みわけができる。

普通の受精の場合は、男精子と女精子を分離することはできないが、母体内を酸性にしたりアルカリ性にしたりして、ある程度は産みわけの可能性を高めることができるらしい。たとえば、母親がリン酸カルシウムを飲んでいると子供は男になる可能性が高いんだそうな。他にも、こういうものを食べると女の子になるとかいう噂もあるけど、このへんまで来るとさすがにウソの可能性が高そう。

*1:遺伝子の異常(たとえば癌)が遺伝による/遺伝するとは限らないとか、遺伝病の検査をするのにDNAを調べるとは限らないとか。