サッカーにおける「ずるさ」

とりあえずは手がかり。サッカー評論家の金子達仁さんの講演記録から。

以前、柔道(ロス五輪金メダリスト)の山下泰裕さんにお話をうかがったときに、僕が一番感じたことは、ドゥンガ(元ブラジル代表、磐田)が言ってることと同じだなということだったんですよ。

 日本のサッカーはドゥンガをはじめとするブラジル人から、ズルさがない、経験がないとずっと言われ続けてきた。ところが山下さんは「国際試合の方が楽なんだ。日本の柔道に比べてズルさがないから」とおっしゃった。それを聞いたときに、日本のサッカーにズルさがないのは、日本人だからではなくて、日本のサッカーが日本という国にまだ浸透してなかったからなのではないかと。

http://www.sponichi.co.jp/wsplus/column_k/01287.html

この場合の、ずるさ*1って何だろうなあ。

  • 強いが、ずるくない選手/チームというのはありうるのか。イエローカードやレッドカードを受けず、フェアプレー賞をもらう選手は、単に危険でないだけで、ずるくないわけでもないような。
  • 日本と比べても、サッカー中国代表のプレーは堅実だが全然ずるさがたりないと思うことがある。ここに来て随分改善されてきている感はあるが。べつに日本のサッカーが格別に不器用なわけではない。
  • 欧州リーグに行った日本人選手は、うまくなるかどうかはともかく、ずるくなっているような気はする。この間のワールドカップのときのオーストラリア代表は、大半がイングランドでプレーしていて、なんとなくずるかったような。

サッカーは、画面で見えるよりもずっと、押したり引いたり、引っ張ったり、蹴ったりといった接触技の応酬だというのは周知の事実。それは日本でもそうだし、大人だけでなく小学生でも事情は変わらない。その中で、ずるさとは何か。「うまい」「強い」とは別の軸、別の概念として、「ずるい」というのがあって、それを強化することが可能なのか。

サッカーに関して言えば(そして、おそらく他のどの分野でも)、ずるさが足りないから日本は弱いとか、ずるさを持てば日本が強くなるという主張には私は懐疑的である。ずるさのように見えるのは、強さそのものや、強い相手とやり合った経験なのであって、ずるさを云々しているとおかしな方向に行きがちだと思う。

ここで見られる「強くなる」vs.「ずるくなる」の対立は、「誠心誠意お客様と向き合う」vs.「営業テクニック」や、「まじめに勉強する」vs.「受験テクニック」とかとも共通しているかもしれない。いずれの場合でも、前者を進めていくのが本筋であって、その結果が他人からはあたかも後者(小手先テクニック)のように見えているケースが多いのである(たぶん)。

いや、もう少し複雑かも。サッカーはよくわからないので(笑)、たとえば数学のお勉強で考えると、

  • 強い=数学をよく理解していて計算力が高いから、問題がよく解ける
  • ずるい=たくさん場数を踏んでいるから、問題がよく解ける(ミスしないとか、受験のコツをつかんでいるとか)
  • いわゆる受験テクニック(よく出るパターンとか、「正解は2が多い」とか)

の3つを分けて考える必要があるかもしれない。とすると問題は、場数に伴う成果である「ずるい」を、あたかも一つのテクニックのように捉えて、それを場数以外の手段で鍛えようとすることなのかな。

いくらずるさを高めようとしても、絶対的な強さがなければ、ある程度以上までは届かない。逆に「強さがあってずるさが足りない」というのは局所的にはしばしば発生するが(サッカーの場合でも勉強の場合でも)、それは教育的指導や場数の経験によって比較的簡単に解決されることが多い。ずるい器用貧乏な若手よりも、一つの特長しかなくて穴だらけの若手のほうが、長期的には見込みがある場合が多い。

ええっと、何が言いたいかというと、ずるさが足りないという教育的指導は局所的には有効な場合もあるが、日本代表を強くするとか、日本サッカーの弱さの原因とか、そういう構造的・長期的な問題とはつながらないのではないか、ということ。

では、「ずるい」と対比させた「強い」とはどういうことか。サッカーで「強い」とは、単純に言えば以下の3つ。

  • プレー(判断の速さ、プレーのスピード、テクニック)
  • フィジカル・コンディション(身体能力、持久力、体調)
  • 戦術=まとまってチームとして機能すること(コレクティブ):どんなチームにも対応できる+自分たちのスタイルで仕掛けられる

これらがよければよいほど、そのチームは強くなる。言うは易し。
ちなみに、上記3項目はだいたい以下の本に書かれているままです(165)。

イビチャ・オシムの真実

イビチャ・オシムの真実

個人的には、去年までジェフにいたマリオ・ハースと、イビチャ・オシムがシュトルム・グラーツ時代からどれだけ長く一緒にやってきたのか実感できたのが興味深かった。

あと、それにしても、父オシムの戦略は見事だよなあ。

  1. 日本人は経済的に成功している(←オシム自身が繰り返し言っている)
  2. 日本人は経済的成功の背景に、勤勉さと頭の良さ(思考力)があると自認している
  3. 日本人は思考力がないと指摘されたら、もっと頑張ろうとする(体格がないと指摘されたら、あきらめる)
  4. だから、「考えるサッカー」をモットーにしよう

*1:サッカーでは、ポルトガル語から「マリーシア」とも呼ばれるらしい。