オペラ座の怪人

The Phantom of the Opera (Original 1986 London Cast)

The Phantom of the Opera (Original 1986 London Cast)

よい。非常によい*1

  • ロイド=ウェバーによる曲がどれもよい。壮大・優美なクラシック音楽(「オペラ座」だしね)と、刺激的なロック音楽(怪人のテーマ)のバランスが絶妙である。
  • ファントム役のマイケル・クロフォードがよい。天使⇔恋人⇔ピエロと声色が次々と変わって引き込まれる。特にピエロ声が◎。"A Disaster Beyond Your Imagination Will Occur!"というセリフが耳について離れません。
  • クリスティーヌ役のサラ・ブライトマンがよい。彼女は、クラシックな曲をちゃんと歌えて、しかもポップス音楽の了解可能性の範疇にとどまる(クラシック音楽独特の抑揚・高低がナンセンスに聞こえない)希有な人材だと思う。
  • というわけで、オリジナルキャスト版がオススメ。

ストーリーは、オペラ座に棲む歌のうまい謎の怪人(ファントム)と、ファントムの陰の働きによりコーラスガールから一躍脚光を浴びる歌姫(クリスティーヌ)、影が薄いけど最後はクリスティーヌとくっつく貴族(ラウル)、の三角関係とその帰結といった内容で、至極単純。

というか、大衆オペラやその末裔としてのミュージカル*2は、観客が台本を読んできてくれないし、セリフが歌なので難しいことを言っても伝わらない、という悲劇的運命を抱えているため、ストーリーは見ていれば分かるほど単純にせざるをえないのである*3

さて、オペラ座の怪人。これは1986年にロンドンで公開されて以来世界的大ヒットとなって、日本でも劇団四季がやって好評を博した。2004年には映画にもなったらしい。

これほどまでにヒットしたのは、なによりもロイド=ウェバーの曲がよかったからであるが(大半の曲がシングルカットされてイギリスでヒットした)、舞台設定も絶妙だと思う。

オペラ・ミュージカルは、歴史的背景や、舞台に観客の注目を引きつける必要などから、ストーリーが巨大化して荒唐無稽になりやすい。しかも、そのストーリーが、セリフがすべて歌でオーバーに演じられるわけである。その結果、なんでこんな「じゃじゃーん」って鳴って、「ア〜〜」とかって歌っているの?という疑問が避けられない。

オペラ座の怪人」は、オペラ座でのオペラの上演というのをストーリーの内部に取り込み、「なぜセリフが歌なのか」→「なぜなら、それはオペラだから」という形で自己言及的に観客に受け入れさせることで問題を解決している。オペラ座の怪人は、ラウルによるあまり歌的でない独白(レチタティーヴォと呼ぶのかな?)で始まり、ロック音楽風のテーマ曲のあと、オペラの練習のシーンになる。オペラの練習だから、歌をうたっていても当然だと思っているうちに、段々とすべてのセリフが歌になるオペラ・ミュージカルの世界に引き込まれていくのである。

あとは、ストーリーの大枠は単純だが、ファントムに勝ってクリスティーヌと一緒になったはずのラウルが、なぜかよぼよぼの爺さんになって、昔を懐かしみつつオークションに参加している冒頭シーンとかは、なんか意味ありげである。このあたりの思い入れ(ややフロイト的)は、林望さんの下記の本に詳しい*4

リンボウ先生 イギリスへ帰る (文春文庫)

リンボウ先生 イギリスへ帰る (文春文庫)

*1:オペラとかミュージカルの類は、小学校の音楽の時間に「ドレミの歌」「エーデルワイス」が出てくるミュージカル映画サウンド・オブ・ミュージック」を見て以来まったくダメだったのだが、これはよい。

*2:こっちは傍流で、本筋はハリウッド映画。ジョン・ウィリアムズの『スターウォーズ』とか。

*3:といっても、まだ観客が真剣に見てくれる点でましだとも言えて、その祖先である貴族用オペラは、祝典の余興やおしゃべりの背景画にすぎず、誰も真剣に見てくれていなかった。ストーリーも、完全に定型化されたものしか許されなかった。このへんは、下記の本が詳しくおもしろい(berutakiさんのご紹介)。

*4:林望さんのイギリス本はおもしろい。まじめだが、まじめなのをからかうのも好きなイギリス人(のイメージ)がお好きな方や、料理・食べ物(スコーンとクロテッド・クリームとか)の本がお好きな方はぜひ。『イギリスはおいしい』がイチオシです。

イギリスはおいしい (文春文庫)

イギリスはおいしい (文春文庫)