昔の人はみんな水銀中毒死?

http://d.hatena.ne.jp/takemita/20070123/p6

で参照されている、「ティコ・ブラーエの本当の死因」では、ティコ・ブラーエが尿を我慢しすぎて死んでしまったという通説への反論として、以下のように書かれている。

けれども、水銀については普通よりはるかに高い濃度の集積がありました。死の直前に尿毒症であったという彼の病気に関する記述を考慮すると、水銀による中毒症状と考えることができます。

彼を死に追いやったのは、彼の礼儀正しさによる膀胱破裂ではなく、尿毒症を引き起こさせるに至った自分で調合した薬の水銀だったのです。

うーん、ティコ・ブラーエのひげから検出された水銀の濃度がどれだけかは知らないけど、水銀中毒と断定できるほどだったかはやや疑問。水俣病のときも、周辺住民はだいたい毛髪中の水銀濃度が他地域の人よりもはるかに高かったが、その中には、それなりに健康だった人もいたわけで*1。ひげの中の水銀濃度だけから、死因を云々するのはやや行き過ぎではないかと。

同時代に病死した(=水銀薬を飲んでいるかもしれない)人や、事故死した(=少なくとも水銀中毒で死んではいない)人の毛髪中の水銀濃度との比較とか、いろんな周辺情報が必要じゃないかな。病気になったから薬を飲んで水銀濃度が高くなる一方で、その病気が原因で死亡した、という事態は大いにあり得る。もしかしたら原典では、そういった体系的な検討が行われている可能性もあるが。

有意な汚染の発見→それが症状の原因である、という誤った因果推論は、1960年代末〜70年代前半の環境問題ではしばしばあった*2。重金属は体内に蓄積されやすく、蓄積された濃度を測定するのも比較的容易だから、原因にされてしまいやすい。

  1. アンケートをして何らかの健康影響が発見される
  2. その人たちの血液や毛髪を調べて、他地域の一般人と比べて有意に重金属が多いことを発見する
  3. その重金属が健康影響の原因であると結論する

本当は、

  • アンケート結果から、アンケート対象の人たちに健康影響があるのはほぼ確か
  • しかし、その原因が重金属だと断定するには、もう少しちゃんと母集団を考えた調査が必要(アンケート対象者の中で、重金属の暴露が多い人たちがそうでない人たちよりも健康影響の割合が多い、とか)

だと思われる。自信なし。真剣に考えるには以下の本がよいことは知っているが。

市民のための疫学入門―医学ニュースから環境裁判まで

市民のための疫学入門―医学ニュースから環境裁判まで

なんとなく、ナポレオンとか昔の人の死因に関する記述は、この手の問題を抱えていることが多い気がするなあ。みんな鉛中毒とか、水銀中毒になってしまうような。まあ、趣味でやられている分には、そこまで目くじら立てる必要もないのかもしれないけど。

*1:もちろん、そこには相対的に軽かっただけで、何らかの症状を持った人もたくさんいて、それが今日まで認定をめぐる社会問題になっている。

*2:今日でも記憶されている諸問題は、もちろんほんとに因果関係が認められたものだけど。