情報機関(インテリジェンス)
- 作者: 北岡元
- 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
- 発売日: 2006/09/01
- メディア: 単行本
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インテリジェンス業務(情報機関)の歴史について。
もともとは次の2要素が重要だった。
- 得られる情報のタイムラグをいかに縮小するか
- 相手方の意図に関する情報をいかに入手するか
タイムラグの問題は、斥候だとかモールス信号の暗号化といった話になるわけだが、第二次大戦のころにはほぼ問題が解消。
意図に関しても、信書開披(手紙を開けてこっそり読むこと)や暗号解読、情報機関の巨大化・組織化、マスメディアの発達などによって、正しいかどうかはともかく、情報自体は大量に入手できるようになった。
そこで問題になってきたのは、時差のない大量の情報があったとして、それらをどう分析するか。そこから、どうやって失敗のない分析結果を導出するか。ほぼ完全な意図情報を得ていたのに予測が外れることを、この業界では「ミステリー」と呼ぶらしいが*1、このミステリーこそが課題の中心になった。
本書を読む限り、今のところ米国にせよ他国にせよ、ミステリー対策はそれほどうまく行っていない(自国の機密情報の隠蔽や、他国の機密情報(意図ではなく事実)の入手では進歩が見られるが*2)。
また、あんまりかっちりとした分析手法もなさそうである。そういえば、外務省を追われた(と言っても、まだ休職中らしいが)佐藤優の『国家の罠』でも、「ロシア政界とイスラエルとのつながり」とか「エリツィンのサウナ政治」のように、興味深い事実は挙げられているのだが、局面ごとの分析の仕方は、新聞記者がてきとーに当て推量するのと大差ない感じだった。
というより、てきとーな当て推量こそが本質なのかも。相手の意図を読むということは、相手もまた自分の意図を読んでいるわけで、互いに読み合いをするというゲーム理論的状況。スパイはきわめてしばしば逆スパイである。そんな中で、定式化された手法を使っていることがばれたら、逆読みされて大失敗につながりかねない。
むしろ、特定種類の情報や特定の情報源、特定の論理構成にコミットせず、一般常識とそう違わないレベルで雑多な事柄を組み合わせて推論を組み立てていくのが、そう間違えていない分析結果を導出することにつながる。なにせ、対象としているのは、相手の意図だからね。情報収集の局面では組織化・合理化が大事だが、分析の局面であんまりこね回しても仕方ない。偏らない態度こそが重要である。
この知恵を具体化しているのが、本書の最後のほうで書かれている「リンチピン分析linchpin analysis」。分析を行う際に、なくなれば全体の論理が崩れるような鍵となる前提・事実・経験則をすべて挙げて、それらが崩れていないかをつねにチェックする分析手法。リンチピンっていうのは、タイヤが車体から外れないように止めるピンのことで、そこから転じて要(かなめ)に当たる人・ものを指す。
リンチピン分析は要するに、事実ではあるのだが実は部分的であるようなデータのリアリティによって、分析全体が本当に見えてしまうことを回避するための方法のようだ。対人関係とかで深読みしすぎて失敗するのを避けるのには使えるかも。
最後に、本書で言及されている「[指揮官にとって]敗北はやむを得ないが、断じて奇襲されてはならない」というフリードリッヒ大王の言葉。たしかに戸部良一ほか『失敗の本質;日本軍の組織論的研究』でも、主に糾弾されていたのは、米軍に奇襲されちゃった局面だった気がするなあ。