日本の食と農

日本の食と農 危機の本質 (シリーズ 日本の〈現代〉)

日本の食と農 危機の本質 (シリーズ 日本の〈現代〉)

これは、あまりぱっとしない(?)題名に反して、非常に刺激的で面白い本です。サントリー学芸賞をとったのも頷ける。

本書の中心は3〜6章。そこでの主張は単純明快。

今のままでは日本の農業は立ちゆかない。先進的農家が規模を拡大し、創意工夫を重ねて経営を進めていくことが必要。本当は規制すべき農地転用の局面で「規制緩和」という形で市場原理が持ち出され、市場原理に任せるべき農業経営の局面で過保護な政策が続いている。

主張は明確だし、そこに至る議論も具体的でわかりやすい。

  • 日本の零細農家(主な収入は他で得ている)は、あまり時間と労力をかけないで農業をやりつつ、開発による土地の転用(高速道路やスーパーマーケット、公共施設など)で売却益をえる機会を待っている(転売益は農地としての利用価値の30倍以上になることも)。
  • この転用期待が元凶となって、零細農家は先進的農家に農地を適正価格で売却・貸与せず(農地の価格相場が不自然に高い)、先進的農家に農地が集積するという市場経済の競争メカニズムが機能しなくなっている。そうした零細農家たちの「地権者エゴ」を追認する政策や、そこに触れない研究者・マスコミにも問題がある。
  • JAだけが農協であり、独立系農協がないことで、先進的農家の取り組みが制約されている。JAは数で優る零細農家の意見を反映しがちであり、多面的サービスによって零細農家が手間をかけずに農業を続けることを可能にしている。
  • 先進的農家がうまく規模を拡大できない現在の仕組みのままでは、企業の農業参入もうまく行くはずがない。企業の農業参入に関する論争は、本当の問題を回避した、論点のすり替えにすぎない。

今般流行っている企業の農業参入論は、賛成論であれ反対論であれ、地権者エゴを隠そうとして、双方が虚偽の現状報告をしている。・・・真の原因を直視せず、精神の不足という現状認識のもとに精神高揚策を議論するということを、いつかどこかの国がやっていた。それにも似た、不幸な状態である。(212)

行政だけを悪者にして決着させるのではなく、農林族の政治家も、零細農家も、農業経済学者も、JAも、マスメディアも、環境保護運動も、安穏として文句ばかり言っている消費者も、みな批判の対象になっている*1。非常によい本だと思います。

狂牛病を機に、農産物のトレーサビリティー(どこで生産されたかを追跡可能にすること)が社会的に注目された結果、全国に出張所を抱えているのに、食糧管理という仕事がなくなっていた食糧庁は、新しい仕事を見つけてリストラを(部分的に)回避できた(第2章)、とも。こうした、リスクを論じることの政治的効果は、自分ももう少しちゃんと分析していかないとなあ。

*1:ただ、まあ、ここまで一方的な批判だと、JAや零細農家の側にも言い分はあるだろうなあという気も少しするが。