ロンボルグ『環境危機をあおってはいけない』
- 作者: ビョルン・ロンボルグ,山形浩生
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2003/06/27
- メディア: 単行本
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第1部 環境危機の「よく聞くお話」は本当か?
第2部 人類の福祉はどんな状態か?
第3部 人類の繁栄は維持できるのか?
第4部 公害は人間の繁栄をダメにするか?
第5部 明日の問題
第6部 世界の本当の状態【第1章のあらまし】
地球環境に関する定番話:「すでに地球の土壌は失われ、水産資源は虐殺され、井戸は干上がり、化石燃料の焼却は何百万人もの生命を脅かしている」。
こうした定番話はワールドウォッチ研究所の『地球白書』や世界自然保護基金(WWF)、グリーンピースが特に得意だが、今日では他の場面でも十分な検証なしに頻繁に語られている。
これに対して本書が主張するのは、ほとんどの指標を見れば、人類は大幅に改善を遂げたということ。ただし、だからといってすべてが今のままで十分、というわけではない。現状は明らかに不十分であるが、今の方向性自体は間違っていない。
誤った議論から自衛するためには、(1)国際機関などから出された信頼のおける統計データに自らアクセスしてみること、(2)つねに全体(全世界)の集計データにも注意を払うこと、(3)一局面だけでなく長期のトレンドを捉えること、が必要である。
誤った定番話の具体例
- ワールドウォッチ研究所のまちがい:「カナダは毎年、20万ヘクタールの森林を失っている」→出所であるFAOのデータを見ると、伐採とともに37万ヘクタールの植林も行っている。グローバルに見ても、FAOデータでは森林面積は増えている。
まず、本書の全体について。
ロンボルグは、当初は素朴に環境データを集めて定番話のウソを明らかにするのが動機であって、最初に書かれたであろう第1章はその気配が強い。その部分では、いい加減な議論を次々と撃破していて、納得せざるをえない。
ただ、本書の後半(第4部〜)では性格が変わってきていて、コスト便益分析を武器に環境運動を批判している企業側研究者グループにかなり近づいている印象がある。そこでは、国際機関の統計データはあまり使われておらず、環境問題はたいしたことないと主張する研究者の論文が主な根拠になっている。
だから、「実際にデータを入手してみたら、実は違ってました、こんな簡単に入手できるデータも見ていないなんて、環境運動っていい加減だね」というのは、実は本書のごく一部であるというのを、まず認識することが必要。本書の後半に関しては、統計データの扱い方という点でどちらかが明らかに間違っているわけでもないし、そう簡単に既存の定番話が間違っているとは言いがたい。
批判対象になっている環境運動について。アメリカでは地球環境問題・資源問題が環境運動の中心となっていて(ローマクラブとかワールドウォッチ研究所とか)、その文脈で誇大な議論をする人が多いのは確かだと思う。批判はかなりの部分で妥当だろう。ただ、日本では、そういう資源系の運動はあまり強くなくて、地域的な問題、健康の問題への関心が強い。だから、ロンボルグの批判は、日本の環境運動の多くにはそこまで当てはまらないかもしれない*1。
次に、非常に細かいのだが(しかも、自信はないのだが)、もしかしたら重要かもしれない批判。
ロンボルグは米ドルベースの購買力平価(PPP)にもとづいて世界中の人々の生活水準は大きく向上してきていると述べているが、購買力平価は同時点における各国の経済規模を比較する際には優れているが、生活向上(時点の違う経済規模どうしの比較)を判断するには不適当ではないか。各国通貨ベースでの実質GDPで分析した方が妥当だと思う。PPPベースだと、実質GDPベースの場合と比べて、経済成長率がずっと高く出るようだ(図)*2。
まあ、これだけだとどっちもどっちのわけだが*3、問題は、本書136ページの図36。
ブラジル・メキシコの実質現地通貨ベースのグラフと、サブサハラのPPPベースのグラフがあたかも同一基準であるかのように重ねられている。そこから、ブラジル・メキシコとサブサハラはどっちも経済発展してるんだよ、という議論になっている。しかし、実質通貨ベースだと、サブサハラは全体としてほとんど成長していない。格差は広がっていると言うのが妥当だろう。
この図のように、基準の異なる統計データを一枚に入れてごまかすことは、ロンボルグが激烈に批判しているいかさまの典型だと思うのだが・・・。もうちょっと確認してみないと、断言はできないけれど。